8月5日

 「無用の長物、夏の火鉢と冬の扇で間の抜けたものだ」という意味の、夏炉冬扇(かろとうせん)という語が、中国・王充の〈論衡〉にあるそうですが、私たちクリスチャンも、あっても役に立たない無用の長物とならないよう気をつけねばなりません。そのためには箴言二五・一三にあるように、夏の暑い日に冷たい雪をもたらすような気持ちの良さを主人たるイエス様に感じさせる、有益なクリスチャン(第二テモテ二・二一)になるよう努力したいものです。
 私たちは神からこの世につかわされていく使者、メッセンジャーです。ですから忠実であらねばなりません。忠実ということは遣わす主人のいうことをよく聞いてまじめに、正直に誠意をもってまごころから従い、使信すなわちメッセージを伝えていく者のことです。私たちは和解の福音を忠実に相手にもたらしていく使者です。
 このような信者たちを主イエス様は、心地よくちょうど暑い日に山からとってきた雪を混じえた水のように涼しさを感じる使者として、受けとめて下さるという訳です。同じく箴言六・八にあるように、「夏のうちに食物を確保し、刈り入れ時に食糧を集める」勤勉な聖徒として、元気なうちに、若いうちに、壮年のうちに懸命に働いて、老後に備えまた、主の再臨に備えて参りましょう。