8月3日

 主イエス・キリストはルカ一二・一三以下で、財産のある者には貪欲に注意せよ、その人のいのちは財産にあるのではないからと、警告を促し、財産のない者には、心配するな、気をもむな(同二九節)とやはりさとしておられます。
 所でクリスチャンでも無闇に心配ばかりしている人がいるとしたら、その原因がどこにあるかを考えて欲しいと思います。やはりこの世の異邦人(不信仰者)達のようなキリストに対する信頼のなさからきているものではないでしょうか。二二節で主は「心配したりするのはやめなさい」と言っておられます。
 所が人は様々なことに思いをかけめぐらせて心配します。遂にノイローゼ、神経症にまで陥ります。主イエスは、「小さな群れよ。恐れることはない」(同三二節)と明言しておられます。烏(からす)を養い、ゆりの花を育てなさる神は、信者たちをどうして放っておかれることがありましょうか。「何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい」(同三一節)であります。
 続いて「そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます」というのが聖書の神の御約束であります。それにしてもこの世の心配で永遠を見失ってはなりません。神の御国を思い平安な日々を送りたいものです。思い悩んだからと言って、いのち=寿命=をわずかでも延ばす事は人間の力ではできないのですから(ルカ一二・二五)