3月2日

 主イエス・キリストの事柄は彼の人格とお働きの事柄であります。彼は誰ですか、そして何をしましたか。前者はキリストにおける人格の事柄であり、後者はお働きの事柄に関係します。
 イエスはピリポ・カイザリアの途上、「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか」と弟子たちに問いかけられました。するとシモン・ペテロは、「あなたは、生ける神の御子キリストです」(マタイ一六・一五~一六)と告白しました。主イエスはこの時からメシヤのお働きについて弟子たちに教え始められました(マタイ一六・二一)。そのお働きとは彼が、「エルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえ」(マタイ一六・二一)ることでありました。
 キリストのなされる大事業は、人間の罪を取り除く(ヘブル九・二六)ために死ぬことでありました。ですから、イエス・キリストは何よりも贖罪者であられます。人間の罪をあがなうために十字架にかけられ、全人類の身代わりの為に死んで下さったお方であります。単なる良い方、道徳家、奇跡家、預言者、教師あるいは宗教家ではありません。主イエスはアブラハム以前からの永遠者にして(ヨハネ八・五八)、私たちの罪のためにご自身をお捨てになった方(ガラテヤ一・四)、文字通り救い主、贖い主であります。